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2011年 11月 21日
![]() SADI定例講演会「スウェーデン家具修行の10年」 講師:須藤生氏(IKURU DESIGN代表・家具デザイナー) 日時:2011年11月4日(金) 18:30~21:00 会場:東京大学弥生講堂アネックス・セイホクギャラリー 今回の定例講演会は,スウェーデンで家具職人修行より帰国され,那須に工房を開かれた須藤生さんをお迎えし,10年に渡るスウェーデン家具修行時代の貴重なお話を頂きました.本講演会は本来,今年の3月に開催する予定でおりましたが,先の震災の影響によりやむなく中止とさせて頂き,その後皆様からのご要望にお応えして今回ふたたび開催の機会を得ることができたものです.開催にあたっては,須藤氏をはじめ関係者の皆様のご協力を頂きました.この場をお借りして心より御礼申し上げます. ![]() 須藤氏のお話はスウェーデンに渡ることになったきっかけからはじまり,現地の学校での職人修業,そして帰国後のプロジェクトに至るまでを縦断して,終始わかりやすい言葉とビジュアルを駆使してお話し下さいました. 須藤氏は2000年,スウェーデンの国民的家具デザイナー,カール・マルムステン氏が設立した家具職人学校,カペラゴーデン校に当時唯一の日本人として入学されました.その後はストックホルムのマルムステン校にも学び,その後に受けた職人試験ではカメラ「ハッセルブラッド」の収納ケースの製作で高評価を受け,見事スウェーデンの家具職人資格を取得されました. ![]() ![]() スウェーデンの学校での教育方針は,一貫して「経験よりも個を重視する」というものだったようです.つまり日本の職人の徒弟制や学校では,道具の使い方や基本技術の習得により時間を割くのに対し,カペラゴーデンではいきなり物を作らせ,その中で必要な技術を身につけさせるといった,より実践的な教育課程であったとのこと. 前者の基礎からはじまる“下積み”と呼ばれるプロセスは我々にとっては馴染み深いものではありますが,高いモチベーションを持って門を叩いてくる若者にとっては,ある意味物足りない,フラストレーションのたまるプロセスとも言えるかもしれません. ![]() 須藤氏はそんな実践的なスウェーデンの教育課程の中で,より上を目指し,より高度な技術が要求される家具製作を自らに課して,自らの技術を高めていかれたようです. 現地の学校の様子でもうひとつ感心させられたのは,その素晴らしい環境と設備です. 往々にして,大学の設備といえば時代遅れの機材が並ぶことが多い中で,スウェーデンの学校では最新鋭の機材を取りそろえ,作業性はもちろん,安全にも最大限の配慮がなされているとのこと.また豊かな自然に囲まれたキャンパスの中で,染色など他の課程を学ぶ学生との交流もまた魅力的で,その教育環境にも大変感銘を受けました. ![]() ![]() 須藤氏によると,現地の学生の気質も自己表現力が強く,必ず自分の意見を持って主張するとのこと.ディスカッションでも必ず意見を求められるので気が抜けないともおっしゃっていましたが,そのような環境の中で自己を磨き,自らの考えと強い意志を持って創作にあたる日々は,デザイナーにとってはその礎を作ることにもなるのでしょう. また他にも合板自体を製作したり,機材を使わず無垢の木を自らの手でくりぬき製作を行うなどのユニークな課程も多く,規格品や機材だけに頼らない本質的なもの作りの教育も実践されているようでした. ![]() ![]() 須藤氏は,帰国後は那須にその居とアトリエを構え,スウェーデンで学んだ多くの技術や知識,そしてそのスピリットを持って創作を続けていらっしゃいます.中でも庵治石を使ったスピーカー製作の話からは,与えられた仕事の中でもその可能性を追求し,クライアントに要求された以上の品質を,デザインの力で応えようとする姿勢が伝わってきました. ![]() ![]() スウェーデン修行の経歴から,自身の現在の作品も北欧家具としての文脈で語られがちとのことでしたが,自身は“北欧家具”を作っているのではなく“IKURU DESIGN”を作っているのだと力強く語っていたのが印象的でした.須藤生さんの今後日本での益々のご活躍をお祈りしております. ![]() (文責:企画委員 関本竜太) 2011年 10月 20日
![]() SADI座談会「北欧に惹かれる根を考える」シリーズ~スウェーデン偏 話題提供 川上信二 氏(当協会理事) 司 会 筒井英雄 氏(当協会理事) 日 時 2011年9月30日(金) 18:30~21:00 会 場 東京大学 弥生講堂アネックス(文京区本郷) 【内容】 1.私の中の北欧。 スウェーデンに惹かれたもの? <美しい自然とそこに住む人の人柄> 2.スウェーデンは過去3回世界史に登場している。 1)8世紀~10世紀 ヴァイキング時代 2)17世紀~18世紀 バルト海の帝王時代 3)19世紀の貧困から20世紀福祉国家の建設時代 3.現在のスウェーデンを築き上げたもの。 1)自然と共生するスリョイド精神が築いたもの[自然との共生] 2)貧困から生活デザイン立国への道で得たもの[シンプルでエレガントな生活スタイル] ■スウェーデンの歴史から学んだ「視点」を介し座談会を振り返る. 「北欧に惹かれる根を考える」シリーズの座談会が、去る9月30日に当協会理事の川上信二氏を演者に筒井英雄氏の進行でおこなわれた。当日は満席に近い多くの会員方々が参集し、ストックホルムをはじめ同国での生活体験を交えた川上氏の話題に熱心に耳を傾けた。 川上氏は1930年東京生まれ。当時の通産省産業工芸試所を経たのち、向学への動機から1963年スウェーデンへと渡り、コンストファックスコーラン/KONSTFACKSKOLANに学んだ。また、司会の筒井氏も同時期にストックホルムに暮らしエグストランド・スペーク建築設計事務所に勤務した。こうした1960年代の同時期、共に北欧モダンの黄金時代を体験した旧知のふたりが語る「北欧に惹かれる、その根とは?」一体何なのか…。今や福祉など社会保障のモデル国家として先進性を体現する同国ではあるが、そのスウェーデンという国が、実は近代が萌芽する19世紀から二つの世界大戦を経て現代社会への序章へと至る20世紀のある時代まで、世界でも屈指の貧困国として在った事実を再認識し、そうした歴史を克服してきたプロセスをあらためて傾聴したことで、北欧モダンの発想や考え方、価値観、そのデザイン創造が成された根底を深く理解する一助となったように思う。いわば貧困の国民的な歴史があったがゆえに今日のモダンデザインのスピリットが在り、無駄のない簡素さや「用の美」といった評価軸が確立されたということである。モダンデザイン誕生の背景に同国の貧困の歴史はきわめて重要な要素だったのだ。 また、もう一方では北欧神話にみられるような大自然への畏敬の念を抱く民族の遺伝子についてのテーマである。恐らく社会形成への民意の奥には天与の美しい自然のなかで育まれた生命観、人間観の前提が強く在るはずである。能動的に社会の仕組みを築いてきたスウェーデン人は、自然との関係(共生)に根差したヒューマンな精神性と、前述の貧困克服の経験から学んだ問題解決の能力、すなわち合理的な思考や捉え方のバランスの上に成り立っていることを、今回の話のなかで掴むことができた。 一般にスウェーデンに対する衆目はポジティブで、特に社会保障システムの点に集まる傾向にあるが、今回の話のなかで、その歴史的背景への眼差しを意識させられたことで、ネガティブな観点からのパラダイム、マイナス要因がきっかけとなっておこなわれた国づくりの歴史から考察する立国の過程、とりわけ世界との関わり方、戦略的な関係論のような国の在りようを考えるにあたっての展開に対しても興味を覚える動機が芽生えたことは大きな意味だった。 同国の貧困歴史は同時代の欧州における相対的な点において、西欧列強のように資本の積極的な海外輸出によるところの経済支配、植民地経営を基盤とした国家体制とは異なる歴史の流れを辿ったということであるが、結果論ではあるにせよ、この歴史の事実、スウェーデン人が決して語りたがらなかった消極的なテーマが、これからの時代においては明るく照らされる物語性を帯びてくるように察しられた。そこに通底するのは、人間による自然支配の文明が転換期を迎えている今日の価値観の変化・コンセンサスと、どこか感覚的に相通じているからなのかもしれない。 このような視点を介しながら、あらためてスウェーデンのライフスタイルやモノづくりのコンセプトを追及してみるなら、なお一層私たちは北欧デザイン、また建築、そして文化への興味を深めることができるのではないだろうか。 ![]() 【写真1】ヴァイキング首長の墳墓 スカンジィナヴィア半島やユトランド半島を原住地としたノルマン人(Normans.北ゲルマン人.北方の民の意)の自称がヴァイキング(Vikings)である。そこには入江の民、市場の民、漂泊の民などの意味が込められている。氷河に削られたやせた土地は農業に向かず狩猟、牧畜、漁業で生計を立てていたが、早くから沿岸伝いに交易もおこなっており、やがて北西フランス、東部イングランドなどにも進出・拡大して定住化も進んだ。その活動は9世紀以降、さらに活発となるが、理由については人口増加にともなう耕作地の不足、王の強大化に対する各地首長の不満などが考えられている。おおよそコロンブスより500年も早く北米の海岸に達した史実は勇猛果敢な血統と同時に航海技術力の高さを裏付けている。スウェーデン人はヴァイキングの部族のひとつであるスウェード人の末裔であり、交易網の拠点でもあったゴトランドには遺跡が数多く残っている。 ![]() 【写真2】‘小さな小屋への憧れ’ バルト海の覇者となったスウェーデン王国は18世紀の後半にグスタフ三世の治世下で華やかな時代を迎えたが、19世紀の半ばには全人口の四分の一が海外移住する事態となる程の貧困国となる。自給自足を余儀なくされた人々は小さな小屋「コロニー」で慎ましく暮らしながら勤勉に生きた。食べられなかった時代を語りたがらないスウェーデン人だが、時代の記憶としても自分たちの苦しかった歴史を噛みしめる意味でも、その小さな小屋への憧れは質素で勤勉な精神を尊ぶ気質と共に、ある種の郷愁ともなって今に受け継がれている。 ![]() 【写真3】スリョイド精神と白樺の十字架 1960年代に開花したモダンデザインも含め、19世紀末から20世紀初期のトライアルは同国の社会資産となって今に息づいている。生活デザイン立国として、そのモノづくり文化の上で機軸となったものがスリョイド精神である。そこには、しっかり地に足の着いた社会の基盤を整備する意味での全人教育の思想(運動)も込められている。明治後半の日本でも図工等の教育科目を整備する上で大いに参考にされ、後に柳の民芸運動にも影響を与えた。大衆のなかに溶け込んでいる職人の手業、生活工芸を大切にして生活の中で活かしていこうとする発想と姿勢が、自然との共生精神の根底に通じるとした。 ![]() ![]() 【写真4】スウェーディッシュグレース 20世紀初頭、美しいものに囲まれた暮らすことは子供の教育にとって大切と説いたエレン・ケイは、スウェーデン社会に対して「すべてに美しさを」、そして生活のなかに美しいものを取り込もうと呼びかけ国民を啓蒙した。これに呼応した建築家、芸術家は、より美しい生活様式の確立を指標に活動を積極化。なかんずく挿絵画家のカール・ラーションは「わたしの家シリーズ」で清楚な生活様式を具体的なビジュアルとして示し支持を得た。スウェーディッシュグレースは同国の優雅さを象徴するデザイン様式であり、18世紀の全盛時代に英君と称されたグスタフ三世の宮廷文化、貴族たちの生活を背景にして成立したグスタヴィアンスタイルを礎に簡素化し、色調としてハーモニー、ニュートラルといったテイストを大切にした魅力の発露である。 ![]() 【写真5】‘神の手’ ストックホルム市庁舎のコンペ勝者となったマルムステンの家具、そしてまたアスプルンドの室内デザインやコーゲの陶器等々、伝統的な工芸技術の上に新しく美しい生活像を現実の形で示したデザインの潮流はスウェーディッシュグレースと賛美され北欧の奥深い神秘的な味わいとして評価される。やがて独バウハウス設立を契機に機能即美が国際的な価値の機軸となっていくなか、芸術か量産(工業)かの大論争を経て、スウェーデンでは生活を向上させる工業製品には芸術が加味されていなくてはならないとしてアートインダストリの考え方が精神として根付くことになる。‘神の手’は連綿と続くスリョイド運動からの人間の精神的なものを象徴しているのではないだろうか。 以上. (文責:企画委員・青柳一壽) 2011年 07月 28日
![]() テーマ1:「アントン・ローセンとルウベンボウ」 講師:スヴェン・M・ヴァス氏(デンマーク人・建築家) テーマ2:「ウッツォンのキンゴーハウスに暮らして」 講師:小野寺綾子氏(当協会海外会員) 日時:2011年7月16日(土) 14:00~18:00 場所:東京芸術大学・赤れんが1号館 今回はデンマーク特別レクチャーということで,デンマークより講師2名をお招きし,会場も今回使用は初めてとなる東京芸術大学・赤れんが1号館を使っての講演会となりました.赤れんが1号館は芸大キャンパス内にあり1880年竣工の旧い建物ですが,2005年に耐震補強工事を実施し,同大学の交流施設として現在は使われています. 赤れんが1号館まず最初の講演は,スヴェン・M・ヴァスさんによる「アントン・ローセンとルウベベンボウ」について.アントン・ローセン(Anton Rosen 1859-1928)というのはデンマークの建築家で,生前はさほど注目を集めた建築家ではなかったようですが,近年に再評価が高まっている建築家のひとりです. ルウベンボウ講演ではローセンが設計した建築のひとつ,ルウベンボウ(Loevenborg 1907年竣工)を中心としたお話しを頂きました.ルウベンボウは直訳するとライオン(Loeven)の城(Borg)となるそうですが,それはその建物の脇に建てられていたLoevenという居酒屋と関係があるのではないかと,推測を交えて説明されていました. ルウベンボウの建物としての主要用途としては,わかりやすく日本的に言えば商業ビル,あるいは”雑居ビル”ということになるのでしょうか.歴史の中でそこは洋品店や映画館,ホテルなど多用途に渡る使い方をされてきたようです. ![]() ルウベンボウが注目を集めている主な要因,特徴としてはデンマークではじめてのカーテンウォール構造を取り入れた建物であり,一方でローセンの建築の特徴でもある美しい装飾の数々も随所に見られる点などでしょうか.ただ長い歴史の中では,その美しい装飾のいくつかは破壊され,意図していなかった姿となってしまっているようです. またローセン自身はクライアントとの確執などもあり,竣工当時よりあまりその建物を気に入っていなかったようだとのお話しもありました.随所のディテールも,ローセン自身によるものというよりスタッフが中心となって進めた部分もあったようです. ![]() この辺はローセンが”巨匠”である所以なのかもしれませんが,後年の再評価を彼は今あの世からどう見ているでしょうか.竣工後100年を経た今,少なくとも日本でこのような形で建物が紹介されようとは想像していなかったことかもしれません. ******* 第二部となる後半のレクチャーでは,当協会海外会員(在デンマーク)である小野寺綾子さんよりお話しを頂きました.小野寺さんはデンマークを代表する建築家のひとりであるヨーン・ウッツォンの代表作,キンゴーハウス(1958-1960年竣工/現地の呼び名ではローマハウス.小野寺さんの呼び方にならって以下 「ローマハウス」 と記します)にお住まいという大変羨ましいお方です. ローマハウス外観この日は小野寺さんご自身がローマハウスにお住まいになっての感想や,住民とのふれあい,キンゴー建設にまつわるあれこれを沢山の美しい写真と共に紹介してくださいました. ローマハウスはもともと低賃金の労働者向けの住宅で,そのため仕上げなども質素な造りとなっています.ローマハウスというネーミングは,もともと不動産会社が”ローマ風の住宅”ということで名付けたようです. ![]() ローマハウスの特徴のひとつである,中庭を囲む塀のデコボコした形状も,元はレンガ積み工事のコストダウンのために施した手法であったとのこと.またシルエットから突出した”塔”は煙突で,現在は使われていないようですが,そうした問題解決のためのデザインがかえって生き生きとした表情をこの住宅に与えていることに深い共感と感銘を覚えました. 今ではこの住宅には指定文化財(1987年)の指定がかけられ,国によって大切にウッツォンのオリジナルデザインが守られているそうです.ただ住民である小野寺さんによれば,文化財指定を受けたことで逆にペアガラスが禁止になったり,自由に煙突を設けられなくなったりと,不便を強いられることもあるのだとか. 内部の様子それでも住民は皆それを承知の上で,この美しい住宅を大切に使っているようです.ちなみに,このウッツォンのローマハウス,購入するとすれば一番安い住宅(あまり手入れがされていない住宅)で3000万円くらいからだそうです(通常は4000~5000万くらいだとか). 築50年を越える住宅として考えれば安くないのかもしれませんが,これがウッツォンの設計した文化財クラスの住宅だとすればけして高くはないのかもしれません.(ちなみにヤコブセン設計のソーホルムの住宅は2億!近くもするそうです) 住民同士の交流建築家の作品を”文化財”として保護する国の姿勢,そしてそれを理解して大切に愛着を持って住むデンマーク人の意識の高さに,あらためて尊敬の念を持ちました. ヴァスさん,そして小野寺さん.今回は大変貴重なお話しをどうもありがとうございました! またの来日の際にも,どうかお話しを聞かせて下さい. 懇親会の様子(文責:企画担当 関本竜太) 2011年 07月 03日
![]() 総会記念講演「近代とアールト」 講師:平山達 氏(当協会理事・前会長) 日時:2011年6月11日(土) 14:45~16:45 場所:工学院大学28階 第4会議室 フィンランドの巨匠/アルヴァ・アールトのその独自なデザインの地平が、どのような時代状況の中から拓かれ、そして芽生えたのか。今期SADI総会に続いての平山達さんの記念講演は、アールトの個々の作品の特質に焦点を当てるのではなく、その特質が生まれる背景としての時代の状況の側に重心を置き、近代というさまざまに揺れる時代動向の中からアールトが新たな世界を察知し独自な道筋を拓くに至ったその要因について、多くの周辺事例を取り上げながら話しを進められた。 ![]() 最初に映されたスライドは、意外にも帝大生/山崎定信の卒業制作「Fish Market/魚市場」の意匠図。建築教育分野の呼称「建築学科」がまだ「造家学科」と呼ばれていた頃の明治24年(1891年)のもので、西欧の伝統様式に倣うそのデザインからはおよそ魚市場という機能的な活動場面は想像されない。平山さんがあえてそれをお話しの始めに選ばれたのは、西欧を中心とする建築の近代が、時代の空気を引き継ぐ感性(様式への昇華)と新たな時代への合理を求める志向との交錯と相克の中から拓かれて行くことを今回の論の主軸とし、そうした影響が遠隔の地・日本にもおよび、ましてやアールトが育つ北辺の国フィンランドもその強い影響下にあったことを示唆しようとされたのだったろう。 ![]() そこから展開する60点を越えるスライドは、おもに19世紀末から20世紀初頭の四半期に現れ、建築の近代を刻んださまざまな代表作群だ。 先に記しておきたいのは、それら事例の多くは教科書にも取りあげられよく知られるものであるけれど、平山さんはその多くの実際に足を運ばれ、創作の理念の背後にある存在の実感的印象を重ねて、ご自身の想像を巡らせる。それがとても新鮮だった。 今回進められたお話しの主要な視点は、近代建築が歩む過程での二つの軸、すなわち技術者たちが果敢に拓いてゆく新たな空間的な可能性と、時代の雰囲気(様相)を表象しようとする建築家たちの表現活動とを交互に据え、若きアールトの中にも投影されたであろうそうした時代の諸相を点検して行く。 ![]() 前述の山崎の作と同年に、ロンドン博覧会で建設されている壮大なクリスタルパレス(1891・J/パクストン)、一方ほぼ同時期に表現世界を大きく風靡したアール・ヌーボー(ヴィクトル・オルタら)の潮流。それらを手始めとして、産業革命以降の急速な技術的展開や工業化が開拓する空間世界とそこに統一した意味と表現を模索する建築家たちの取り組みを交互に取り上げながら、こうした二つのウエーブが20世紀初頭の四半期を越えてミースやコルビジェを代表とする現代建築の基盤に束ねられてゆくまでが語られた。 ![]() この四半期は、アールトが生まれ(1898年)青年期に至る時に当たる。建築家としてのデヴューも、こうした激しく揺れる時代動向の中からさまざまな養分を受けそれを咀嚼し自己化する中から果たされる。 建築家としての活動を始めた20代初期に取り組まれた諸作(今回取り上げられた事例としてはヴィラ・ヴァイノラやアイラ・アパートメント、そしてユヴァスキラの労働者会館)は古典的様式の倣いを強く持ち、それだけを単独に見ればおよそアールトの作とは思われない。そして20代後半のパイミオのサナトリューム、ヴィープリの図書館で、一気に独自の新世界を開く。 ![]() この大きな転換とその後の路線が、アールト自身の類まれな創造力と洞察力の中から果たされたことは誰もが認めるところながら、平山さんは今回多くの周辺状況を取り上げる中で、その展開がアールトという個人を越えた時代の持つ潜在力に大きく拠るところがあることを示されようとした。 人は時代に所属する。そして、時代が個人を貫く中から、新たな表現の視野も開かれる。「アールトと近代」と題する今回の講演は、アールトを軸としながらも、そうした広がりのある地平をもとに「デザイン」を考える貴重な時となった。 ![]() 本講演には予定を越えて多くの方が参加された。そのお話しの密度からは時間が足りなかったのが残念だ。また、綿密な平山解釈が後ろの席にまで伝わるためにはマイクの装備が必要だった。ぜひ再度の機会を期待したい。 (文責:益子義弘) 2011年 06月 06日
![]() 講師:イェンス・イェンセン氏(デンマーク大使館 文化・報道・広報担当官) 日時:2011年5月20日(金) 場所:東京大学弥生講堂アネックス・講義室 新年度がはじまり第1回目の講演会が、5/20(金)に東京大学アネックスにて行われました。今回はデンマーク大使館にて文化・報道・広報を担当されているイェンス・イェンセンさんを講師にお迎えし、ご自身で活動されているデンマーク式家庭菜園(コロニヘーヴ)についてのお話を伺いました。 イェンセンさんはデンマークの建築やデザインにも明るい方ですが、料理やライフスタイルといった北欧人としての自然観や生活観ついて、ご自身の活動を通して実践されていることがとても興味深く、今回はデザインや建築そのものというより、ライフスタイルを中心に講演をしていただくことで、今までとは違うアプローチを試みたいと思いました。 コロニヘーヴとは? コロニヘーヴはデンマーク語でコロニー(集合)、ヘーヴ(庭)が掛け合わされてできた言葉で「お庭のコミュニティ」という意味です。都会に暮らす人々が、週末の余暇を過ごすための場所であり、野菜や植物を育てたり、芝生やりんごの木植えて庭を楽しむなど、使い方は人それぞれ。日常生活の中で、自然と触れ合う時間を大切にするデンマーク人にとってコロニヘーヴは大切な意味を持っています。 デンマークのコロニヘーヴ デンマークではコロニヘーヴの歴史は古く、貧しい人々のための農地として市が土地を貸し出すことからはじまり、コロニヘーヴ法という法律も存在します。別荘としての使用はできませんが、使用目的を菜園とすることで料金も格安で借りることができます。土地は市から提供されますが、小屋の売買は可能です。今では人気がある場所は何年も空き待ち・・ということもあるようです。 ![]() 小屋つきの庭 芝生の中に生えているリンゴの木 例えば、コペンハーゲンから約1時間程度の距離にコロニヘーヴ団地があります。1区画約400㎡程度の土地に40㎡程度の小屋が付いています。「小屋付家庭菜園」なので、あくまで主役は「庭」であり、小屋はおまけです。小屋はダイニングキッチンと寝室がついている程度のシンプルな空間が多く、5月~10月は小屋に宿泊することも可能で、家族みんなで週末を過ごすこともできます。小屋はもともとあったものをそのまま使う人もいれば、自分でDIYしながら手を入れることも楽しみの1つ。若い建築家はこの小さな小屋をデザインすることを最初の仕事にすることもあるのだとか。 ![]() 宿泊するための生活道具。内装や棚などはDIYでつくるのも楽しみの1つ 週末を過ごすための小さな楽園。そこでは人と人のふれあい(ヒュッゲ)が自然に生まれ、同じコロニヘーヴの仲間同士親しくなることも多いようです。九州よりも小さなデンマークの国土。コペンハーゲンにはアパート暮らしの人が多く、庭のある生活を望むことは難しいのが現実です。都会の住宅事情の中で、郊外の庭に心の拠り所を見出すこのシステムはデンマーク人の生活観や自然観をよく表しているような気がします。 江之浦コロニヘーヴプロジェクト イエンセンさんは2007年から神奈川県の江之浦にコロニヘーヴをつくるプロジェクトをはじめています。江之浦はかつてみかんの産地として名を馳せた場所でしたが、オレンジの自由化によって今はみかん畑としての機能は失われています。イェンセンさんは荒地になっていたこの土地を借りてコロニヘーヴをつくりはじめました。 地主の高橋さんはイェンセンさんの活動の最大の理解者で、仲間内では大王様というあだ名がついているほど。イェンセンさんの活動は雑誌やTVなどにも紹介され、今では江之浦コロニヘーヴに興味のある人々が日本全国から訪れるようになり、その活動の輪が広がっています。 ![]() 江之浦コロニヘーヴにある小屋 横にはピザの窯もあります 敷地内にある15㎡ロフト付きの小屋はイェンセンさんの手作り。屋根には屋上緑化を施し、電気やガスはありません。興味深いのは小屋の内装につかっているのはみかん箱の廃材。土地の倉庫に眠っていた大量のみかんの箱を再利用し、資源を無駄にせず、この土地の持つ歴史へのオマージュとしてあえて手間をかけた内装を施すことにしたそうです。江之浦のコロニヘーヴにはそんな物語がたくさんあります。 ![]() 小屋の内装はみかん箱を再利用してDIYで貼ったもの 地域の活性化を目指して イェンセンさんはコロニヘーヴをつくることで、地域の活性化ができないものかと考えています。2010年には日本コロニヘーヴ協会を立ち上げ、社会活動としての基盤づくりをはじめました。地方の過疎化が進む中、都会にいる人々を地方に呼ぶしかけをつくることで、その土地のよさを生かした再生構想は地域活性化運動の1つの可能性を示しています。週末に都会の人がやってきてくれることが荒地を再生するきっかけになる。これからのイェンセンさんの活動に期待したいものです。 デンマークのエネルギー政策 この講演会を企画している最中に起きた東日本大震災。この歴史的災害は私たちの日常生活に大きな影響を与えています。特に原発の問題はこれから世界のエネルギー問題を考える上で重要なテーマの1つです。今回北欧ライフスタイルを学ぶテーマの中で、臨時ではありますがイェンセンさんからデンマークのエネルギー政策についてのお話を伺うことができました。 母国のデンマークでは2020年までエネルギーの60%をクリーンエネルギーとし、2050年には100%まで引き上げる構想がはじまっているそうです。ただエネルギー問題を語る上で最も大切なことはそれを使う人間の意識です。今までの便利な暮らしとエネルギーの関係を再度見直してみることもこれからは必要なことなのかもしれません。「日本は何処に行っても照明が明るすぎますね!」イェンセンさんのこんな言葉がとても印象に残りました。 ![]() 講演会はイェンセンさんの気さくなお話が幸いして、会場からはたくさんの人から質問や意見があがり、イェンセンさんとの対話するようなかたちで進んでいきました。まるでイェンセンさんの家に来てお話を聞いているようなそんなリラックスした雰囲気があり、講演会終了後の懇親会でも話題が尽きることがなく、とても楽しい会になったと思います。 今回の企画を通して、北欧の建築・デザイン、また暮らしに対する考え方を学びながら、今の時代に必要な情報を会員に向けて発信していくことがこれから益々大切であることを認識できたような気がします。イェンス・イェンセンさん、本当にありがとうございました! イェンス・イェンセンさんの活動はこちらのホームページでご覧いただけます。 日本コロニヘーヴ協会 http://www.kolonihave.com/ Tak for mad ! 北欧ライフ http://takformadblog.blogspot.com/ (文責:企画担当 坪井当貴)
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